①羊頭狗肉<※1>のたとえもあるように、あくまでも看板のための酒と考えられ少量の吟醸酒を造って入賞を勝ち取れば宣伝材料となり、地方醸造家の登竜門的な役割も果たすことができ、それなりの目的が達成された。
②吟醸酒は造るのに大変な手間がかかり、量産はもとより不可能で製造原価は極端に高いため、醸造家自身販売について全く問題にしないか、あきらめていたのではないかと思われる。もちろん試みがいろいろとされたかもしれないが。
③市販するとしても、当時の特級、一級、二級に混和された例が多く、吟醸酒そのままの良さや特長を理解させることができぬばかりか、慣れない香味のために普通市販酒と比較して、新酒くさい、麹くさい、薄っぺら、お燗をしたらまずい等、むしろマイナスの批評を受けたりして一般市場向けとは考えられなかった。
④戦後では昭和37年(1962)の酒税法改正までは級別毎に規格、アルコール濃度が決められていて現在のように原酒のままや、あるいは高濃度酒も自由に市販することが出来なかったので、味の調和を尊ぶ吟醸酒もそのままの形では出荷できなかった。 |

麹の種付け
(平成22年)

酒母の仕込み(平成22年)

出来上がった酒母(平成22年) |