HOME … 【吟醸酒が何故市販されなかったのか】

西の関と私

第8回

【吟醸酒が何故市販されなかったのか】

吟醸酒がこれだけの歴史を持ち、社運をかけるほどの意気込みで造られながら全く市販されなかったということは、今から考えると誠に不思議なことであった。その理由を私なりに想像すると次のようなものであろうか。

(1)羊頭狗肉<※1>のたとえもあるように、あくまでも看板のための酒と考えられ少量の吟醸酒を造って入賞を勝ち取れば宣伝材料となり、地方醸造家の登竜門的な役割も果たすことができ、それなりの目的が達成された。

(2)吟醸酒は造るのに大変な手間がかかり、量産はもとより不可能で製造原価は極端に高いため、醸造家自身販売について全く問題にしないか、あきらめていたのではないかと思われる。もちろん試みがいろいろとされたかもしれないが。

(3)市販するとしても、当時の特級、一級、二級に混和された例が多く、吟醸酒そのままの良さや特長を理解させることができぬばかりか、慣れない香味のために普通市販酒と比較して、新酒くさい、麹くさい、薄っぺら、お燗をしたらまずい等、むしろマイナスの批評を受けたりして一般市場向けとは考えられなかった。

(4)戦後では昭和37年(1962)の酒税法改正までは級別毎に規格、アルコール濃度が決められていて現在のように原酒のままや、あるいは高濃度酒も自由に市販することが出来なかったので、味の調和を尊ぶ吟醸酒もそのままの形では出荷できなかった。

以上のように吟醸酒は消費者には全く知らされなかったタイプの酒であり、在来の日本酒があまりにも長年日本人の味覚に慣れすぎてきたこともあり、このニュータイプの酒は全く別の酒かと思われるほどであった。しかも高価格ときては簡単に受け入れられなかったのも無理は無いと思われる。

※1羊頭狗肉:看板は上等でも実際に売る品物をごまかし物で、劣悪であること。

一覧に戻る
  • 千三百年の祈り
  • 製品カタログ
  • 公式Facebookページ
  • Sakestagram
  • 萱島酒
類 豊後清明公式サイト