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西の関と私

最終回

【結び】

生を得て70余年、酒の稼業に入ってもう47年<※1>になるが多くの方々に支えられ、生きてこられた。お蔭で昭和62(1987)年大分合同新聞文化賞、63年日本醸友会功労賞、平成元年日本醸造協会石川弥八郎賞などを頂いた。これらは皆、酒造りにいくばくかの貢献を認められて、頂いたものと有り難く思っている。

公職としては平成2(1990)年5月より大分県酒造組合会長、平成7(1995)年7月から日本酒造組合中央会理事をつとめさせていただいている。またこれまで、その他数々の公職も仰せつかり、微力ながら何とか責を果たして来れたのは、多くの皆様のご協力のお陰と深く感謝するばかりである。

振り返ると自分自身としては酒一筋の人生であったといえる。先ず酒のことを考えて次に他のことを考えていた。酒に対する関心としては主に技術面に興味があるが、大学時代の恩師坂口謹一郎先生や関係の皆様のご縁であろうと有り難く感じている。

また、以上のように当社では吟醸酒の市販に何らかのきっかけの役割を果たし、現在の吟醸酒ブームのさきがけとなったことをひそかに誇りに思っている。この幻の酒が花開く時代を迎えて、今後もより一層の研鑽を続けて行きたいと思っているところである。

弥生時代より始まったと思われる、米と酒の文化は日本人の心と体質に深く関わって来た筈であるし、今後とも日本の伝統文化として末永く、発展することを関係者の一人として強く祈っている。

終わりに本欄を頂いて、色々と述べさせていただいた大銀経済研究所に感謝すると共に、我田引水的な話を多々お聞かせした点をお詫びする次第である。(完)

※1平成7年(1995)の執筆当時

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